22

adorno_hegel_marx2008-06-05

 ジェネシスはしばらく入院。その間に、俺ともう一人は軍法会議にかけられた。俺たちが座らされた椅子のまわりには、陸軍のお偉方がずらり。なかには、偉すぎてこれまで一度も見たことない勲章だらけのオッサンもいた(後から話を聞いたら、そいつは湾岸でも活躍したヤツだったらしい)。「酒を飲んで夜警に出かけるなど、どうかしとる!」だの「死人が出てたらどうするつもりだったんだね!」だの散々説教を食らって、俺たちは仲良く一週間の謹慎処分。正直言って、ラッキーな処分だったと思う。ここでクビになって国に帰っても、国じゃ仕事なんかないもんな。それよりも、一週間の間、この砂ばかりしかないクソくだらねぇ土地でどうやって過ごそうかって方が俺たちには問題だったんだ。
 一番最初にやったことと言えば、ジェネシスの見舞いに行ったことだ。俺がヤツの病室に入ったら、ヤツはベッドの上で静かに眠っていた。白いシーツの上で、黒人が寝てるって姿はなんか面白いよな。コントラストっていうのか?まるでチェス盤みたいな感じだよ。足はギプスでガチガチに固めてあって、天井から吊られていた。頭には包帯が巻かれてて、これは倒れたときに頭を思いっきり打ってできたケガのためらしい。
「おい」
 俺は、野郎の枕元に立って声をかけた。すると、ヤツは目を開けたんだが、いや、驚いたね。ジェネシスの野郎、俺の顔を見た途端に、ガクガク震え出してよ。ギャアギャアと喚きたてたんだ。まるで悪魔にでも出会ったみたいなそういう取り乱し方でよ。俺もどうして良いのかわからないから「おい、落ち着けよ。俺だよ、俺」って言うことしかできなかった。すぐに看護婦と医者が来たから良かったけどさ。俺も含めて3人がかりで押さえつけて、右腕にプスッと注射打ったらしばらくしてヤツも落ち着いた。ブクブク口から泡吹いてたけどな。
「いわゆるトラウマ、というヤツです。知ってますか?死ぬかもしれないという状況下で、大きなショックを受けているのでしょう。あなたの姿を見て、そのショックがフラッシュバックしたのかもしれません。しかし、これは一時的なものです。治療をすれば治ります。3日後、また来てください」
 と医者は俺に言った。ロシア系の、やたらとガタイが良い医者でさ。なんだか、凄みがあるオッサンだったな。白衣よりも軍服の方が似合ってるって感じだった。「3日で治ったりするもんなのかね?」と俺は思いながらその日は病院を後にしたんだ。
 で、3日経って――この間、ポーカーで大負けしたり、イラク女がいる売春宿に行ったら出てきた相手が性転換した男だったりと散々な目に会ってたんだが――俺は医者が言ったとおり、またジェネシスの見舞いに行った。今度は、ヤツは眠ってなくてさ、新聞なんか読んでやがるんだよ。ヤツは俺が来ることが分かってたみたいに、俺の方を見て「よう」と挨拶をした。ギャアギャアもブクブクも無し。「おう」と俺は挨拶を返した。だが、よく考えたら見舞いに行ってもヤツと話すことなんかなかったんだよな。とりあえず、ベッドの脇にあったパイプ椅子に座って「具合、どうだ?」って声をかけてやった。
 するとヤツは「お前は神を信じるか?」なんて返しやがる。「具合、どうだ?」って訊いてるのに何言ってんだ、コイツ?と俺は思ったね。バカにしてんのか?とも思った。でも、ヤツの目はマジだった。マジ過ぎて、頭がおかしくなったんじゃないか、って俺は思った。
 俺が答えないでいると、ヤツは一人でベラベラと喋り続けた。
「足を撃たれてよ、地面に頭をベッタリつけながら、俺はもうダメかもな、と思った。暗くてよくわからなかったけど、足から血がドクドク出てるみたいだったし、傷口はものすごく熱いんだ。痛みはなかった。その代わり、変な汗が出てきてた。知ってるか?ああいうときにかく汗って、異常に冷たいんだぞ。それから、だんだんと体が冷たくなってきてな。意識も朦朧としてきやがった。
 お迎えが来たってヤツかな、と俺は思った。視界はますます暗くなってきてさ。ちょっとずつ体が軽くなってくみたいな感じがするんだよ。不思議だよな。さっきまで、傷口は熱いし、汗は止まらないしって感じだったのに、感覚がどんどんなくなっていくんだ。ベッドに入って、目を瞑って、眠るか、眠らないか、みたいな瞬間の気持ちよさってあるじゃないか。ああいう感じがあったよ。天国に昇る気持ちってああいうことなのかもな。
 俺はもう死んだのかな、って思った。そうしてるうちに、今度はだんだんと視界が明るくなっていったんだ。『お、これってもしかして天国か?ってことは俺は善人だったんだな。意外に近いんだな、天国』って思った。でも、天使とかそういうのはいないんだ。昔、日本のアニメで『フランダースの犬』っていうのを見なかったか?あれに裸の天使が出てきたじゃないか。ああいうのはないんだ。まぁ、もちろん、あんなのを信じてたわけじゃないけどよ。
 気がつくと俺がいる周りは真っ白な世界になっていた。相変わらず、体の感覚が無いから、自分が寝ているのか立っているのかもよくわからなかったんだ。そしたらな、どこかから声が聴こえてくるんだよ。
『目覚めよ』
 声の主の姿は見えやしない。でも、その声はどこかで聞いたことがある声だったんだ。
『立ち上がれ』
 声はどんどん、大きく激しくなっていった。得体の知れない動物が、発情期になって夜中に喚いてるみたいな声だ。あれ?って俺は思った。だんだんと声だけじゃなくて、景気の良いブラスやファンキーなベースラインも聞こえてくる。『立ち上がれ』――音楽と絡み合って声はますます、大きく激しくなっていった。そこで漸く、俺はその声の主が誰だったのか、気がついたんだ――そうだよ、その声の主は、ジェームス・ブラウンだったのさ!
 残念なことに、最後までJBの姿を拝むことはできなかった。JBが俺にメッセージを送っていることに気がついた途端に、視界はまた真っ暗になったんだ。体には、急に現実感みたいなものが戻ってきてた。目を開けたら、俺はベッドの上にいたんだ。呆然としたな。何が起きたかわからなかった。とりあえず、ションベンがしたくなった。
 それから少し考えたんだ。俺はキリスト教徒でもなければ、イスラム教徒でもない。俺は、単なる黒人で、アメリカ人だ。そういう人間にとって現れる神様がさ、JBだったっていうのは、おかしくもなんともないんじゃないか?ってな。天国でJBは神様になっていて、俺はその神様に会ったんだ。でもJBは、俺を天国に迎え入れてはくれなかった。『立ち上がれ、シーンに留まれ』ってJBは俺に言った。つまりこれは『生きろ』ってことだろ?
 とにかく俺はこうして生き延びた。神様に出会ってな……おい、お前、俺の話聞いてるのか?」
 俺は「ああ、聞いてるよ。心配するな」としか言えなかった。出来れば早く帰りたかったね。ジェネシスは頭がおかしくなっちまったのか?あのヤブ医者、「治療」とか言ってどんなドラッグを飲ませたんだ?