ヴィクター・ペッペーマン

 ヴィクター・ペッペーマンは、アメリカ西海岸の広い範囲に自分のなわばりをもついわゆる「女衒屋」として有名で、ノイマンが別荘で開く乱交パーティーにさまざまなタイプの美女を供給する役割を務めた男だった。フランクの父親、アンドラーシュ・ペッペーマンは、ナチス第三帝国がヨーロッパ東部を席巻する直前のプラハにおいて有名なユダヤ人投資家であり、彼ら一家がヒットラーの僕たちに追われて新大陸にやってきてからは、大人一人を軽く隠せそうなほど大きなスーツケースに詰め込んできた金塊を資金源にして、映画スタジオやレコード会社などのエンターテイメントに投資をして多大な利益を得ていた。彼ら一家の拠点はサンフランシスコにあり、そこには19世紀末の匂いがかすかに残っていたプラハの退廃や美学といった文化的風土はなかったけれども、おだやかな気候と中国人移民が経営する料理店のリーズナブルさは気にいっていた。父、アンドラーシュに投資の才能があったと同様に、ヴィクターにも才能があった。それが女性をその気にさせる才能だった。とはいっても彼が特別美男子だったわけでも、特別会話術に長けていたわけでもない。ヴィクターの容姿に関して言えば、ごく平均的ユダヤ人的特長をもつ男性、といった形容に相応しく、彼の顔の中心部に位置している立派な鷲鼻は、ヨーロッパに根強く残っていた反ユダヤ主義者たちの精神を刺激するには充分だった。それでは彼の何が女性を強く強く惹きつけ、そして、彼の言うことなら何でも従うようにさせたのだろうか。なぜ、女性たちは露出の多いみだらなドレスの下に、なにも身に付けず、ヴィクターが指示した場所で開かれる破廉恥なパーティに足を運ばんだのだろうか。その秘密は、晩年エチオピアに移住したヴィクター・ペッペーマンが突如としてイスラム教に改宗し、アムハラ語で執筆した自叙伝『神との邂逅』に詳しく書かれていると言うが、パピルスに直筆でかかれ、写本が世に3冊ほどしかないと言われているその本を確認できない現状では、ここでつまびらかにすることはできない。