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「実はですね、殺された山之内先生の死体を解剖した結果、膣内から微量ですが男性の体液――というとなんだか回りくどいですが、要するに精液です――が発見されました。館内先生が見てのとおり、山之内先生の死体にはビーカー……じゃなかったな、ええと……メスシリンダーです。メスシリンダーが突っ込まれていた。これで実は『あの部分』がぐちゃぐちゃになってましてね。膣内はもう血まみれでした。それで発見が遅れてしまったんですが……」
「小山さんはそれが犯人のものだと思っている……と」
「セオリー通りならそういうことになります。でも、今回の場合、少し事情が込み入っている。なにせ、小笠原仁海のおかげでこっちは派手に動けない状況です」
 「その精液が僕のものだと思っているんでしょう?」と僕は口を挟んだ。
「先生もなかなか疑りぶかい人ですね……もしかして、私なんかより刑事に向いてるんじゃないですか?」と言い、短くため息をついた。
 随分長い間、話している気がしたが時計を見るとまだ5分しか経っていなかった。約束した時間はまだ半分も残っている。常に駆け引きを強いられているような刑事との会話は、ひどくストレスがたまった――刑事がポケットからハイライトの袋を取り出したとき、思わず「一本くれませんか」とねだったほどだ。学校で働きはじめてから、しばらく煙草は止していたのだが、フィルターを深く吸ってゆっくりと煙を吐き出すと少し気持ちが和らいだ。しかし、不快な湿気と温度はは日陰の中でも体に堪える。
「これを言うつもりはなかったんですがね……館内先生についてはもうすでに調べてあるんですよ。一昨日の取調室に何本か先生の髪の毛が落ちていました。それで調べさせてもらいました。精液のDNA情報と、先生の髪の毛の情報。これはもちろん一致しませんでした」
 これを聞いてますます僕は不快になった。やはりコイツ、疑ってたんじゃないか。
 「じゃあ、小山さんはどうして今日ここに来たんです?僕以外の誰かほかの先生が怪しいとでも言うんですか?」と無意識に語気を荒げて僕は言った。
 「……先生が言ってるのは半分あたり、ってところでしょうかね。事件があった日、普段のようにこの学校には館内先生のほかに3人の男性の先生がいましたが、彼らについては疑うところがありません。山之内先生の死亡推定時刻には彼らは全員あなたと一緒に職員室にいた――とこれは館内先生が証言してくれたことなんですがね。そういうわけでアリバイはとれています」と刑事は僕の苛立ちに答えず、落ち着いたまま言い、二本目の煙草に火をつけた。
 他の先生も疑いがないだって?僕にはますます今日ここに刑事が来た理由がわからなくなった。時計をちらりと見ると、昼休みが終わるまでにまだ2分も余裕があった。
「おっと、あと2分しか残ってないじゃないですか。参ったな……まぁ、良いです。でも、先生はひとつ忘れてることがあるんじゃないですか?」と刑事は言った。刑事は僕の困惑した表情に少し満足気だったのが、心底憎たらしかった。