外は空調が効いた職員室とは比べられないほど蒸し暑く、息を吸うと熱を持った湿気がのどを通っていくのが分かるぐらいだった。額に滲んだ汗を拭いながら駐車場まで出て行くと、刑事も同じく手に持ったハンドタオルで黒ずんだ顔をしきりに拭っていた(おそらく内臓のどこかが悪いんだろう)。
「いやぁ、ずいぶん待っちゃいましたよ、館内先生。本当は中で待たせてもらおうと思ったんですけどね。そこにいる(そういって刑事は職員用の玄関を指差した)ジイサマが『校長先生の許可がねど、学校さはいれらんね』って言うもんだから、仕方なくここにいたんですが、先生、いくら待ってもこっちに気づかないんだから。まったく、倒れるかと思いましたよ」
 「困りますよ……こんなところに来られちゃ。ただでさえパトカーに乗ってるところを生徒に見られてからかわれたりしてるんだから……。で、なんのようです?僕が犯人だっていう証拠でもあったんですか?」――開口一番にまくし立てた刑事に向かって、僕は皮肉をもって答えた。
 「先生が犯人?」。僕の言葉に刑事はわざとらしく驚いてみせた。「いやだだなぁ、先生。私が先生のことを疑ってたって言うんですか?そんなはずないでしょう。ただ、アレがあまりにもひどい殺され方してたもんで、ちょっと詳しく話をうかがっただけですよ」。刑事はそう弁解したが、僕にはどうしてもそれがうさんくさいものに感じた。第一、彼のにやついた表情が僕には気に入らなかった。
「まあ、とりあえず日陰にでも動きませんか?ここじゃ話してる間に、二人とも倒れちゃいますよ」
「良いですけど……10分だけですよ。昼休みも終わるし。僕はこの後、授業もありますから」
 「結構です。すぐ終わりますから」と刑事は了解して、僕らは力強く茂った棕櫚の木が作る日陰に移動した。その間、僕らを不思議そうに眺める生徒が何人か通りがかり、そのたびに僕はなんだか嫌な思いがした。 
「ところで刑事さん……えっと…小山さん……でしたっけ?小山さんもやっぱりアレが殺されたと思ってるんですね?」
 何の断りもなく職場に来た刑事をうざったく思っていながら、話に突っ込んで言ったのは僕の方だった(これはなんとなく自分でも意外な感じがした)。
 「当たり前でしょう。あんな『事故』、一体世の中のどこにあるって言うです。本当だったら、昼のワイドショーの記者がバンバンこの町に乗り込んでくるような大ネタですよ。久しぶりに腕の見せ所だ、と同僚も息巻いてたところだったんですよ」と刑事は、深いため息をついた後にそう答えた。「しかしね、ウチの方にも例の小笠原の手が回っていたみたいでしてね。すぐにそんな雰囲気も冷めちまった。所長は、
 あ、この所長っていうのが書道八段の凄腕でしてね、『御庭町女教師怪奇殺人事件捜査本部』なんて物々しい立て札をわざわざ書いてくれたのも無駄になり、同僚の息もシュンと大人しくなっちまいやがった。
 まぁ、我々も刑事とは言え、一介のサラリーマンですからね。それは仕方ないといえば仕方ない。おかげで私も捜査礼状もなにも持たずにここに来て、先生の車の前で小一時間立ちんぼする羽目になったわけです」
 「じゃあ、小山さんもここにいちゃまずい人間じゃないんですか?」と僕は尋ねた。
「そのとおりです。さすがは先生だ。まぁ、まずい人間なもんでね。こうして休暇を潰して『趣味』でここに来てることになってるんです、一応ね。でもね……ちょっといろいろ調べてたら面白いことが分かったんですよ……」
 話を進めるうちに爛々としていく刑事の目が僕には不気味だった(刑事の言葉からはすっかりと東北訛りが抜けていたことも……)。