肌に張り付くようないやらしい湿気がたちこもった理科室のなかで館内正太郎は、同僚の教師である山之内恵理子が死んでいるのを発見した。死体の状態は、生徒たちにはとても語ることのできないほどひどいもので、下半身が露になった山之内の陰部には1リットル容量の細長いメスシリンダーが差し込まれており、下腹部は綺麗に剃毛処理が施され、黒い茂みがあっただろうと推測される部分には彼女の縮れた陰毛の代わりにスチールウールが備えてあった。美人教師と父兄から人気を集め、嫌らしい筋肉だけが自慢の体育教師からいつも食事に誘われることが迷惑だ、と周囲に言いふらすことが自慢だった山之内の容姿は見る影もなく、その表情は苦痛に歪んでいた。紫に変色した肌、漏れ出した糞尿の汚臭。その陰惨きわまる情景を目のあたりにした館内が、思わずその場で嘔吐してしまったのは仕方がないことだった。
 校内の見回り中に現場に遭遇した館内にとってその後の事情聴取は過酷なものだった。それまで仕事をしていたのにも関わらず、休むまもなく警察署の取調室に連行され、顔色の悪い刑事の質問に受け答えをしている。体力的にも、つらかった。しかし、それより辛かったのは刑事の言葉の端々に「自分を犯人と疑っている」という感じを受け取ったからだ。
「あなた、国語教師でしょ?なんであのとき理科室になんかはいったんだい?」――いつもは扉が閉まっているはずの、理科室の扉が開いていたからです。強い東北訛りで喋る刑事に館内は淡々と受け応えた。しかし、いつまで経っても疑いは晴れないようだった。
 刑事の心中には「こんな異常な殺し方、田舎の人間には思いつくはずがない。だとしたら、殺ったのは誰か外から来た人間だ」という推理が働いているように思われた。東京の大学を卒業してすぐに、新人教師として、この御庭町に4月から赴任してきた館内はその推理にぴったりと当てはまる人物だったわけだ。
 「おつかれさま。今日はもう帰って良いですよ」――刑事はひとつも表情を変えずにそう言った。結局、取調室から解放されて館内が帰りのタクシーに乗り込んだ時刻は既に午前4時を回っていた。
 車の窓からふと、さっき出てきたばかりの警察署の玄関の方へ視線を向けると、腕を組んで立つ刑事がこちらをじっと睨みつけているのが見えた。自宅まで向かう車内で館内は、刑事の姿が見えなくなってからもずっと彼に監視されているような気がしてならなかった。自分を疑い続ける刑事の表情。それを思い出すたびに、自分が憔悴していくような気を覚えながら館内はベッドに入った。疲れきった彼が眠りに落ちるまで、自分の今後へと考えをめぐらすような余裕はなかった。